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第三章 coconuts

​命の木

「ヤシの木」と言って思い浮かべるのは、すくっと伸びた高木にギザギザの緑色の葉、たくさんついた実。子供から大人まで誰もがイメージするヤシの木、それがココヤシだ。島の人々にとって、ココヤシは「命をつなぐ水」であり「命を支える木」。ココヤシがなければ島から島への移動は困難だった。
ヤップ島の古老は胸を張って言う。「ヤシの木があれば私たちはどこでも、生きていける」と。
この言葉は決して大袈裟ではない。彼らはほんとうに捨てるところなくヤシを活用している。まさに「命の木」だ。
古くからココヤシが擬人化され、多くの民話に登場したり神話にも出てくることが、有用植物の少ない島の生活にココヤシがどれほど重要であるかを示している。
■命の木のゆえん
 ヤシの種類は世界で約140属、2000種近くが知られており、日本ではシュロやカンノンチクもヤシ科に属する。ミクロネシアでは、サゴヤシ、ゾウゲヤシ、オトコヤシ、ニッパヤシ、ビンロウなどがあるが、やはりココヤシがいちばん多い。 
 
 ココヤシの起源はメラネシア、東南アジア、南アフリカ、アメリカ原産説など各説あるが、いずれにせよ民族の移動とともに航海用のカヌーに積まれて、新天地へやってきたことは確かなようだ。先史時代、航海者は重要な携帯食としてカヌーにココヤシを乗せて海を渡ったと言われる。すべてがカヌーで運ばれたわけではないが、ヤシなくして民族の移動はありえなかった。 
 
 ミクロネシアのココヤシは、どこから運ばれたものか未だ定説はない。海流に乗って流れ着いた実が自然拡散したり、人の手によって無人島に植樹されたり。無人島に植えたヤシの実が育った頃に人々はカヌーでその島へ移住したとも考えられる。 
 現在、島々にヤシ林がたくさん見られるのは、主に植樹によるものだ。
 ココヤシのプランテーションはコプラ採取のためドイツ時代に始まり、日本統治時代にも多くの植樹がされたという。ミクロネシアで見られる美しいヤシ林は、じつは他国統治の置き土産だったりするのだ。

 ヤシは発芽してから数年で開花し1本の木に10~20個の実を成し、50年以上も毎年実をつけるというから、ココヤシの木を数本持てば最低限の飲食料は確保できる。
 そして、ココヤシの利用法もまた多様だ。飲料、離乳食、保存食、調味料、油、酒、蜜、野菜、家畜の飼料、建築材、籠、マット、玩具、食器、タワシ、タイマツ、火起こし材、楊枝、ホウキ、ロープ、薬、装身具、呪術にも使われる。これほど多用性に富む植物は他に類をみないだろう。
 
■ヤシの実がバロメーター
 たくさん実ったココヤシの実があれば、いつだって乾いた喉を潤し…と思うのだが、現実的にはココヤシの実は買って飲むものに変化しつつある。
 というのも、グアムやサイパン島など都市部の島はとうにそうだが、パラオ諸島やミクロネシア連邦の一部の島でもココナッツミルクを作るための古いココヤシがスーパーマーケットに並んでいるし、町のレストランで地元の人がココナッツジュース(1個1ドル50セント~2ドル)を飲んでいる姿も見る。 

 ポンペイ島に住むフィリピン人からたくさんのココヤシの実をもらい、どうしたものか悩んでいると、一緒にいたポンペイ人が「ほしい」と、喜んで持ち帰ったのには驚いてしまった。
 町に住み、食用になる樹木を所有できない家庭では、ココヤシもバナナもマーケットで買う。南の島はどの家もヤシの実が飲み放題というわけではないのだ。だからその島の物質文明の度合いを知るには、マーケットを覗いてみるとよくわかる。特にココヤシは自給自足の度合いを知るバロメーターだ。

 そして今もココヤシを生活に活用していう地方の島々へ行くと、こんどは逆にスーパーマーケットにココヤシの姿はない。各家の子供たちが木に登って取っているからだ。
 そうした家庭では、当然、日常生活のさまざまな面でココヤシをフル活用している。
 
 大きな葉を1本切ってきて編めば、アッという間にカゴやマットができてしまうし、枯れた葉の芯は楊枝がわり。これはイモの茹で加減を確認するのに便利だ。
 ココヤシの実の中の繊維を契ればタワシになり、乾燥させた殻は燃料にと、村の台所でココヤシは大活躍。ヤシ殻から取れる繊維を撚って編む「ヤシロープ(ヤシ縄)」は古来から住居やカヌー造りにはかかせない。
 軒下に大きな葉を立て掛けて日除けにし、葉はもちろん屋根材になる。子供たちは葉で鳥を編んだり風車を作ったり、大きな葉を高跳びのバー受けにして遊ぶ姿も。
​ その活用範囲の広さには脱帽するばかり。知恵さえあればなんでもできてしまう。これが本来ココヤシが豊富にある島の姿だ。


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